松岡信男

ノートに書いた怪獣の絵がI君と親しくなるきっかけだった。

当時から納得できるまで好きな絵を書き続けるような子どもだった。

I君の車ノートが車趣味にはまる大きなきっかけになりました。

日本の自動車産業がまだよちよち歩きを始めたばかりで、
日産自動車がオースチン、
いすず自動車がヒルマン、
日野自動車がルノーをノックダウン生産し、
設計・製造技術を海外の自動車メーカーから学ぼうとしていた。

そんな昭和32年に生まれた私が車好きになったのは
当然だったのかもしれない・・・

折しも昭和30年代空前の怪獣ブーム。

ゴジラ、ガメラ、モスラ、明けても暮れても男の子の頭の中は
復興著しい大都市を無残に破壊する怪獣でいっぱい。

でもここに一人この大ブームを冷ややかに傍観する男がいた・・・

この年の春に引越してきて私に車の面白さを教えてくれた
影の功労者I君である。

田舎には無い垢抜けた感じがうけたのか女の子に人気があり、
小学生なのに妙に大人びた不思議な子だった。

「びしゃ、ガメラ上手やんか♪」
【びしゃとは、謂れは今もって不明だが私の小、中学校時代の
あだ名である】

てなこと言われて調子こいて怪獣ばっかり描いていた私に、
あるときI君が一冊のノートを見せてくれた。

〔好きな車〕と書かれたその表紙を開けると・・・・・

車の名前、色、見た場所やオーナーとの会話など、
挿絵入りで描かれたノートはとても綺麗で、
私の知らない世界の魅力でいっぱいだった。

目からウロコどころか、目玉ごと落ちそうになった。

怪獣ばかり描いていた自分が子供に思えて何だか恥ずかしく、
(小学生なんだからまだ立派に子供なんですが)
私はその日を境に怪獣とはきっぱり縁を切り、
“車趣味”に生きようと心に誓うのでした。

単純。

ある日I君から、
「八間通の裏で緑のフォルクス・ワーゲン見たで!見に行かへん?」と甘味なお誘いが。

「行こう!行こう!」

お盆も過ぎ日差しもいくぶん優しくなってきた夏休み後半、
二人は自転車を飛ばして憧れの“外車”を見に行くことにしました。

勝手な思い込みですがその淡いブラウンのビートルは
私たちを待っていたように見えました。

「後にエンジンが乗ってるんやで、空冷ゆうてな・・・・・」

興奮したI君がありったけの車知識をぶちまけているあいだも、
私の目は丸く張り出したフェンダーや屋根から流れるように繋がる
優雅な後姿に釘付けでした。

いぶかしげに現れたオーナーは親切な方で見ず知らずの
私たちにドアを開け室内まで見せてくれました。

人柄がしのばれるような明るいクリーム色の内装と優しい
オーナーとの会話は二人の“駆け出し車マニア”を酔わせるには十分でした・・・・。

私たちはその後も夏休みなのをいいことにかなり遠くまで、足を延ばし大好きな車を見にいきました。

二人の〔車ノート〕もどんどん充実していったのでした。

休みも少なくなり、宿題を片付けるため、I君としばらく会わない日が続いた夏休み最後の登校日。
先生からこう聞かされた・・・・

「Iなぁ、家庭の事情で九州に引っ越していってしもたんよ」

つらいので黙って行ったそうだ。
おとうさんの仕事の都合で全国を転々としているらしい・・・・

I君には分かっていたんだろう。
だからどこか寂しそうなところが大人ぽく見えたのだろうか・・・・・

車好きの二人していろいろなことを書きまくった、
〔車ノート〕はもうどこかにいってしまったけれど。

あのときの気持ちのままで好きなクルマの絵が描けたらなあ・・・と思っています。

最初こそ車の写真を見ながらレンダリングしますが、それは頭にその車のカタチをインプットするため。その後は、資料・写真は一切見ることなくオーナーの愚痴や惚気を思い出しながら完成まで描き続ける。

線を書く道具は車のイメージに合わせて色々。
鉛筆のときもあれば竹ペンを使うこともある。

“気持ちを入れて”描き始めると時間を忘れる。スイッチが入ると10時間以上描き続け、右手の痛みで休憩することもしばしば。

手がその車のライン、ディテールに馴染んで、自然に動くようになるまでには700枚以上書き込むことがほとんど。納得いく下絵ができあがったらシルクスクリーン印刷で仕上げます。

このサイトで紹介している作品のモチーフは全て親しい友達の車だったり、自分が以前持っていた車です。

ガソリンじゃなくオーナーの愛情で走っているような奴ら。

日常の中に埋もれてしまいそうな小さな不満やいらいらをキーの一捻りで忘れさせてくれる、そんな愛すべき車たちです。

ヨーロッパ車、特にベーシックなタイプが大好物です。

コストやサイズなんかの制約の中で必然から生まれたシンプルなライン。他車からの流用パーツのおかげでまとまりのなくなった憎めない顔。 そのくせみょーに凝ったディテールなんかがたまらない。

淋しいことに今の時代、車になにも期待しない人々が多くなってしまいました。

私の子供の頃、車は憧れでした。電話も呼び電だった時代ですから自家用車なんか夢のまた夢で、よく近所のブルーバード<310>やコロナを見に行ったものです。

それらはいつもピカピカに磨かれてオーナーの愛情を一身に受けていました。車が1番幸せな時代だったのかもしれません。

その頃の思い出のせいか今だに車に対して憧れが捨てきれずにいます。

だからと言う訳でもないのですが描く車のカタチそのものよりオーナーの惚気や苦労話の方がイラストを描く上ですごく力になります。

愚痴や苦労話が絵になる訳ではは無いのですが、同じビートル同じミニでも個性があって1台1台皆違いますから、その違いを少しでも表現出来たらと思います。

最初は前後左右きちんとレンダリングします、まずカタチを頭に入れるのに大切です。 その後愚痴や惚気を思い出しながら描いていく訳ですが、ここからは資料・写真は一切見ません。

見てしまうとどうしてもカタチを置きにいってしまいます。

似顔絵になってしまってはどうしようもありません。

気に入った線が引けて結果的にその車に見えるようになるまでに700枚以上描くこともあります。

もちろん枚数描けばいいというわけではありませんが、手がその車のライン、ディテールに馴染んで、自然に動くようになるまでにはどうしてもある程度の枚数は描き込むことが必要ですし、そうしないと線はカタチを作りません。

松岡信男 Nobuo Matsuoka

1957年11月22日(いい夫婦の日)生まれ。三重県桑名市在住。
日本デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業
大手インテリアメーカー、サインデザイン会社を経て1997年独立。
現在、ミラノ工芸デザイン主査。
好きなもの:車(特に古いヨーロッパ車)、猫、バーボンと煙草(今は禁煙中)、JAZZ、ヨーロッパの古い街並み、雲。
苦手なもの:最近の車、蜂蜜、なにかの幼虫、熱燗、2月~5月頭(ひどい花粉症です)、オートマチック、3DTV、飛行機。

松岡信男